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nkmn@memo『メモのはしきれ』

生産性のない話やメモをただただしている。 

nkmn@memo

No.1723

13:46

恋をするひとかくかたりき、
ひとから好意を受けるとじぶんの形が変わってしまう気がする
その好意は自分にとって傷になる、変わってしまった事実が残る
故にこそ直接的好意の表現はみだりにするものではない、と……

私からする好意というもの、実にフラットに大いに愛であり、
あれもラブ、これもラブ。妬み嫉みもある意味ラブなのだよな。
故に人を傷つけるような悪意ある愛はみだりに表現するものではないが、
ひとを愛するこそのものは人と関わる上での礼儀というか、
自分の中では人と対等である為の最低条件の気がしていた…
わけですが。
その好意までも傷と感じるひとがいるのは結構目から鱗であった。
恋をするってつまりそういうことなのか?とも。

その受け取り方はひとそれぞれだし、
褒めは居心地悪いからやめてくれ~のひとがいるのはわかるので
そこは慎重に見定めていたつもりではあったのだけれど…
比較的そこに寛容な方にそれがあったことに素直に驚いた。

安易に褒められるのが気持ち悪いとか、不快であるとか
そういう方向性はよ~くわかるわけだけど、
(実際安易な褒めは人を見くびる仕草になりかねん!)
安易でない褒めが逆に深くに刺さって辛い、というのは
ちょっと解りえぬ感覚だったなぁ…等と。

「特別な関係になる」感覚の違いでもあるのだろうなぁ。
その人たちにとっては「そこまで尽くすこと」が特別なのかなとか。
私は比較的同じ水場にいる為の許可証が、ある種の「特別」で
不可侵を守るとか、不可侵を侵すだけの居心地の良さや一定の規律があるコト…なんかが基準になりやすいのですが…そういうのとはちょっと違うらしい。

この時合わせてよく言われるのが「魚座は境界があいまいすぎる!」という話。
多分向こうからすると自分の基準で動いていない私みたいな生き物は
いろんな感情や感覚、大切にしているものなんかを侵しているのだろう…

しかもそれは「純粋な好意」であるからこそタチが悪いと。
そしてその行為そのものは、そのひとの善性であり…
悪いところでもないので直せとも言いづらいというような……
そういうおはなし。

う~ん、人と深くかかわって話をすると面白い話が聞ける。
しかして、この距離感と言う奴は難しすぎる。
親しくシェイクハンズしてるつもりが、相手にとってはハグやキスである…
みたいなギャップ感、日本人でありながら異国人、
育ってきた環境が違うから好き嫌いはイナメナイ なのであった。
むずかしいね。セロリだね。 #もやもや

1055文字 No.1723いま

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