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nkmn@memo『メモのはしきれ』

生産性のない話やメモをただただしている。 

nkmn@memo

No.1522

05:11

#けんこう
気付き、というか 本当に苦手なんだという再認識をしたこと。

「わたしは"たくさんの声が溢れすぎている状態"が苦手!」

嫌いなのではなく、とにかく苦手……
情報量が処理限界を超えるレベルで流れ込んでしまうことが
辛かったり、苦しかったり、付随する様々な疲労感や嫌悪感など
それらのおおよその原因ではないか、というのが様々な状況を鑑みての結論。


前々から気付いていた自分の傾向でもあるんだけど、
私はひとつひとつの情報を精査するのに、時間がかかる。
(=情報の優先度を決めることが極端に苦手。)
効率化というものがあまりできないのもそうだし、切り捨てることも苦手。

その上、やたら共感性があるせいで 外部情報以外にも
感情情報も一緒くたに流れ込んできやすく、感情に揺られやすい。
これが、情報過多と噛み合うとキャパオーバーでぶっ倒れる。

……という感じであると思う。

なにか作業をしている横で、言葉をかけられると自動で意識がそちらに向くのもそう
多分脳の指向性として、人の言葉が脳直で滑り込みやすいというのが難点なのだろうなと。

そこに無遠慮さとか不安材料や疲れが重なると、
ここの「嫌」の部分が増幅されて、神経と体調を持ち崩す。というプロセスではないか。


本来として。嫌の部分は全然流せるときの方が多く、
割とここの耐久自体はそこそこあるほうなのですが、
一定環境に限り突然身体が無理になる、ということが割とあり……
なんでだ…?と、ずっと首をかしげていたのですが。

心よりも先に身体が拒絶反応を示して身体症状に現れるの
おおよそこの情報量の多さや、その他が原因なのではないか…

つまり何かが嫌だから「嫌」なのではなく、この「状態」のほうが根本で
この状態になると、「嫌」が身体不良と重なって増幅されている…のではないか。

地味にこの 嫌さ、そのものが原因ではない、と思えるのはかなり救いである。
これが通ってしまうと、付随するすべてが嫌いになってしまいそうになる……
そういう境界性の無さがわたしには存在するので、少し思いとどまれる要素が増えたのは…ちょっとラッキー

902文字 No.1522いま

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