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nkmn@memo『メモのはしきれ』

生産性のない話やメモをただただしている。 

nkmn@memo

No.1718

02:21

セクシャリティとは…なんだ??

向き合ってひととひとで話をするとズレを感じることがある。
もしかして私は正しい意味で「惚れた」ということがないのかも…と。

人間は好き、尊敬する人も、憧れる人も、親しいひともいる…
文学としての惚れた晴れた、愛だ恋だの話もすき。
物語としても嫌いじゃない、人と人がかかわる話も大好きだし、
生っぽいなと思うものはあるけどそれもまた見方を変えれば愛おしく思ったりする。

「好き」というカテゴリーでの好みだってあるし、
所謂R-18的なジャンルの作品だってちゃんとわかる…つもりではいる…

そのひとに「落ちる」感覚もわかる、んだと…思う。
人のことが好きになりすぎると盲目になることってあるよね、みたいな。
執着心みたいな感情はちゃんとある、と思う。

ただ、ただそれは、やっぱり一時的なもので…
好きになって「傷つく」というかんじ、傷が残り続ける程に好きになること
ああ、これは恋だったんだ、みたいに思うことってやっぱり少ない。

大事な玩具に置き換えればめちゃくちゃわかる。
自分が大切に使っていたものとか、居心地のいい場所とか。
それが失われればやっぱり悲しいし、辛いし。
無くなってしまったら泣くし、しばらく呆然とした顔もすると思う。

ただ…時々 本当に時々。
「ひとがどうしようもなく好きになって狂ってしまう」みたいな状態に遭遇すると
あまりの熱量に圧倒されるし、そんなに落っこちてしまう感じがつかめない…
もしかしたら、私が思っていた「惚れる」というものは
ただしく「惚れた」といえるものではなかったのかも…と思わされたりする。

そういう感情をこまかくかみ砕いて説明してくれる人がいる。
「ここをこうすると、ひとはこう思うでしょ?」 なるほどとおもう。
つまりこれはこうで、こうなるから……つまり好きになることに慎重になる。
……確かにわかる、つもりになる。
でも、こうすれば惚れられてしまう、らしいと聞かされると急に首を傾げることになり…
わっていたはずのものが全然わからないものへとなり下がる。

そのたび、大事な感じる機微の部分が抜け落ちているなと毎度感じたりするわけだ…


もしかしたら細かく話してくれたその人にだけある感覚なのかもしれないし
向こうが特別であった可能性も大いにある…とはおもうのだけれど。
曰く「世間一般のひとはみんなそうだよ」という。

私は常にフラットに話しているつもりである。
人のことがすごく好きだし、尊敬をしている。
一緒にいて楽しいなと思うし、共有できる事柄があるのであれば尚のこと。
そういうふうに思うように心を動かすようにもしている。

しかし、そのことが否定されてしまうと…あれ?となる。
ん?思わせぶりってどういうこと?どの辺が??
これが「恋におちる」前触れってことかしら……?

そうなる瞬間わからなくなる。
相手の気持ちがわかっていたつもりでいて
会話と会話がきちんとなされていたように思うのに
急に梯子を落とされたような気持ちになる。

長年、考えてはみていた。
自問自答、自分に惚れるという感覚があるのかどうか。
それはもちろん、当然ながら自分一人じゃ全然わからないことなのだけど…
実際それで仲良くなった人はいるし、心赦せる人はいた。
大事にしたいなっておもうし、一緒に過ごしたいなと思ったりした。

でもこれは…惚れるではないよな?

私は人と関わってきた数がすごく少ない。
深く関わり合いになってきた人数なんて多分数えるほど。
フォロワー関係、創作の友人、そういうものはいくらでもいるけれど
いきた人間同士でしゃべる機会はそうそうあるもんでもない。

もっとそういう話がしてみたいな~なんて思っていたし
最近はそういう機会も増えてきたかな、なんておもったりして。
それはその度いい機会だなともおもうわけなんだけど……

あれ?となる瞬間が増えてきた気がする。
もしかして、そういうことなのか?
いやいや、わたしがそういう出会いをしていないだけかも…??
ないし、そういう人と深いお話をさせてもらっただけかも??

う~~ん…
恋愛って面白い?そんなにたのしいもの?
もしかして他の人はもっとすごいものが見えているの??

なんというか、取りこぼされてしまったような。
人生の大事な部分を食べ損ねてしまったような。
そんな気分に毎度なるから不思議なものです。 #もやもや

1842文字 No.1718いま

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